デス・オーバチュア
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アクセルを消し去るという役目を果たし終えた九本の剣は九色の光と化して、黒い孔の中へと帰っていく。 「……馬鹿な……なぜ、魂殺鎌がもう一つある……?」 タナトスは辛うじて立ち上がった。 それが今のタナトスにできる精一杯の行為。 『勝手に最後を決めるな』というルーファスの忠告が思い出される、つまり、まだ戦いは終わっていないのだ。 タナトスは今にも崩れ落ちそうなボロボロの身体に無理矢理戦闘態勢を取らせる。 黒い孔の中から、何者が現れても瞬時に対応するためだ。 「魂殺鎌だけじゃない。九本全部、本物の神剣だよ」 立っていられず、後ろに倒れそうになったタナトスを、いつのまにか背後まで来ていたルーファスが受け止める。 「それこそ馬鹿な話だ。天空剣は私の持つ唯一振りだけだ」 ルーファスの隣に立つリーヴの左手には、先程アクセルを貫いた剣の一つと同じ空の青さを形にしたような美しい両刃剣が握られていた。 「それも真実だ。だが、あれも間違いなく神剣なんだよ。十神剣が九神剣と呼ばれることがある理由を忘れたか、リーヴ?」 「あ……では、まさか……」 孔の中から聞こえてくるピアノの旋律が最終楽章を迎える。 曲が終わりに近づくのに連動するように、黒い孔がどこまでも大きく拡がっていった。 「ちっ」 タナトスを支えるルーファスの両手が黄金の輝きを放っている。 タナトスは自らのダメージや消耗が物凄い勢いで回復していくのを感じていた。 「……ルーファス?」 「まだ全快しないのか? 上限が上がると回復させるのも面倒だな。ちっ、時間切れだ」 ルーファスの舌打ちと同時に、黒い孔が爆発するように拡がり、世界全てを呑み尽くす。 世界……少なくともこの室内だけは一片して黒一色で塗り替えられていた。 そして黒き世界の中心には、一台の平型鍵盤楽器(グランドピアノ)と、それを奏でる一人の少年が居る。 「ぐっ!?」 少年がこの世界に現れた瞬間、心臓をいきなり鷲掴みにされたような衝撃がタナトスを襲った。 ルーファスに回復してもらったばかりだと言うのに、心臓と、左手の甲に気が狂いそうになるほどの激痛が走り続ける。 「くっ……」 床に何かが落ちる音、見ると、リーヴが青い剣を取り落としており、左手の甲を右手で押さえていた。 「あ、心配しなくていいよ。その衝撃、痛みは地上に十本の神剣が揃ったことによる共鳴……いや、宿敵が地上に舞い戻ったことに対する九本の神剣の怯えかな?」 黒髪、黒目、黒一色でありながら王族のような豪奢で華麗な衣装を纏った美少年。 見た目から推測される年齢は、フローラより年上で、クロスより年下といった感じだ。 「……ん?」 ようやく心臓と左手の痛みが治まってくる。 タナトスは少年の顔に見覚えがあるような気がした。 この少年とは間違いなく初対面のはずだ……だが、顔の造形が誰に似ている気がする。 表情は物凄く違うのだが、根本的な造形が……。 「……コクマ?」 タナトスの育て親でもあるコクマ・ラツィエルに酷似していた。 「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はノワール・フォン・ルーヴェ、今は亡きルーヴェ帝国の第三皇子だった人間の成れの果てだよ」 「……ルーヴェ……じゃあ、コクマの弟?」 「ああ、三人兄弟の末弟だよ。姉上を含めたら四人姉弟だけどね」 ノワールは微笑を浮かべる。 その笑顔にはコクマのような意地悪さは感じられる、どこまでも爽やかだった。 「さて、他に僕に聞きたいことはないかな? 無いならそろそろ始めたいんだけど……」 「……始める? 何を?」 「決まっているじゃないか。ファントムという喜劇は君の勝利で終幕を迎えたんだ。だから、用の終わった舞台と役者を全部片づけるんだよ」 ノワールは笑顔のままさらりと言う。 「なっ……」 「散らかしたままは良くない。後片づけちゃんとしないと駄目って姉上によく叱られたからね」 曲を奏で終えると、ノワールはゆっくりと片手を上げる。 九つの光がノワールの左手に吸い込まれるように集まると、彼の左手にリーヴの剣とそっくりな青い剣が生まれた。 「天空の撲滅者(スカイバスター)かっ!?」 ルーファスがタナトスを庇うように抱き寄せた。 次の瞬間、無数の風の刃が無差別に周囲に解き放たれる。 「光輝結界!」 円形の光輝がルーファスとタナトスを包み込み、怒濤のように押し寄せる風の刃を全て防ぎきった。 「…………」 苛立ちを隠そうともせず、ノワールを睨みつけるリーヴには風の刃は届ていない。 リーヴの直前で風の刃は自ら崩壊するようにただの緩やかな風へと戻るのだった。 「ふざけるなよ、貴様……誰の剣を物真似したつもりだっ!」 リーヴが疾風のように一瞬でノワールとの間合いを詰める。 「馬鹿! よせ、リーヴ」 「はあっ!」 迷わず振り下ろされたリーヴの一撃は、青銀色の幅広の剣にあっさりと受け止められていた。 「沈黙の夜(サイレントナイト)!?」 「反二重奏(カウンター・ドゥーオ)!」 爆音が聞こえたかと思うと、リーヴが反対側の壁に叩きつけられ、めり込んでいる。 「ふん、やっぱりただの剣撃なんて倍加して打ち返してもタカが知れてるね」 青銀色の剣は一瞬九色に輝いたかと思うと、細く長い血のように深紅な剣に姿を変えていた。 「ちっ! 今度は凶暴なる黎明(バイレントドーン)かよ!」 ルーファスがライトヴェスタを召喚するのと同時に、ノワールは深紅の剣を突き出す。 「復讐の螺旋(スパイラル・オブ・ネメシス)!」 荒れ狂う巨大な赤い渦がルーファス達に向かって解き放たれた。 「いつまでも遊んでるんじゃねぇよ! ガキがっ!」 ルーファスは片手で光輝の神剣を振り下ろす。 それだけで剣から解き放たれた膨大な光輝が赤い渦を全て呑み尽くし、そのままグランドピアノごとノワールまで呑み込んだ。 「怖い怖い、お気に入りのピアノが跡形もなく消し飛んでしまった……やはり、貴方とだけは正面から敵対したくないな」 光輝の閃光が貫いていった壁の大穴の横に、無傷のノワールが立っている。 礼によって彼の左手の剣は今度は闇色の剣に変化していた。 「ちっ、闇の聖母(ダークマザー)で空間をショートカットしてかわしたか」 ルーファスが不快げに吐き捨てるように言う。 「……ルーファス、さっきからなんなんだ、あの少年は!?」 タナトスはずっと聞きたくて仕方なかった疑問を口にした。 実を言えば、少年が起こしている現象が何なのかなんとなくタナトスも推測がつく。 だが、それはありえないことだ。 だからこそ、ルーファスに否定して欲しい。 それなのに、ルーファスはタナトスの推測通りの答えを口にした。 「あいつは能力を切り替えて戦ってるんだよ。あいつは九本の神剣を全て使える」 「ば……馬鹿な……そんなことが……」 「厳密にはあいつの使っているのは本物の九本の神剣とは違う」 「そう。僕の剣を君達の使っている神剣なんかと一緒にしないで欲しいね」 闇色の剣が九色の閃光へと転じる。 「じゃあ、解りやすく見せてあげよう」 ノワールの左手には、柄も唾も刀身も全てが九色に光り輝く宝石でできた、刀身が半ば程で折れた剣が握られていた。 「彼女の名は、最後の天使(ラストエンジェル)……十番目、最強最後の……『終わり』を司る神剣だよ」 「十番目の神剣!?」 「ラストエンジェルは神剣であって神剣でない。九本の神剣は世界を構成する一要素をそれぞれ司るモノだけど……ラストエンジェルはただ純粋に九本の神剣全てを処分するためだけに創られた最後の神剣、世界自体を消去するモノ、一度全てを無に返し、新しい世界を創るためのスペースを生み出すための純粋なる破壊剣、すなわち世界を『リセット』するモノだ!」 ノワールが九色の剣を突き出す。 九色九つの閃光が一斉にルーファス達に向かって解き放たれた。 「ちっ!」 ルーファスはタナトスを抱き抱えると、閃光から逃れるように跳び去る。 九つの閃光は自ら意志を持つかのように、ルーファスを追尾した。 「光輝天舞(こうきてんぶ)!」 ルーファスの右掌から膨大な黄金の光輝が撃ちだされる。 九つの閃光は弾けるように九方に散り、光輝をやり過ごした後、再び集結しルーファスに襲いかかった。 「うぜぇっ!」 ルーファスは自分に激突しようとする九つの閃光を全てギリギリでライトヴェスタで切り払う。 「流石、光皇様。神剣と契約しただけのただの超越者だったら僕の相手なんかにならないけど、貴方だけは別格だよ」 「ちっ、鬱陶しいガキだ」 「…………」 タナトスはこうして守られているだけの自分が嫌だった。 だけど、ルーファスに離せだとか、私も戦うなどと発言することはできない。 解るのだ。 自分とあの少年では勝負にならない。 自分はあの少年とは戦うことすらできないのだ。 勝てないかもしれないなんてレベルではない。 限りなく100%に近い確率で一撃で倒される……そんな直感がしていた。 「……ルーファス……私は……」 「今は黙ってろ。このガキの相手は俺がする。こいつはファントムじゃない、だから、お前が戦う必要はないんだ」 ルーファスはタナトスを床に下ろすと、庇うように前に出る。 「困ったな。流石の僕も貴方には確実に勝つ自信がない。例え、今の貴方が真の力の数万分の一ぐらいしかないとしても……」 「だったら最初から喧嘩売ってるんじゃねえよ」 「いやいや、流石にさ、黒幕としては……最後に顔ぐらい見せないとさ……ねえ?」 「何が『ねえ?』だ! ファントムとクリアの争いはタナトスの勝利、任務達成で綺麗に幕が降りたってのに、何、最後の最後で舞台に乱入してやがる」 「乱入は酷いな。黒幕の責任として、最後に全ての種明かし、真実でも語ってあげようと思って出てきたのに」 「ふん、だったら語るだけにしやがれ。何、タナトスを殺そうとしていやがる!」 「ああ、それが一番気に障ったんだね。大丈夫、あそこでアクセルが庇うのは解っていたから、別に死神の少女を殺す気は最初からなかったんだよ」 ノワールが挨拶でもするように無造作に右手を上げると、床に転がっていたアクセルの仮面の破片が九色の光になって彼の掌に吸い寄せられていった。 集まった光が、九色に輝く何かの欠片へと姿を変える。 「ちょっとだけ昔の話だよ。僕はアクセルという人間として物凄く欠陥のある男に出会ったんだ」 ノワールは欠片と剣の欠けた刀身を繋ぎ合わせた。 刀身と欠片は激しく輝きながら、融合を果たし、本来の刃の長さの半分ぐらいの長さしかなかった刀身は、三分の二ぐらいの長さの刀身として蘇る。 「欠陥というのは精神的な意味だよ。正常な人間からしたら理解すらできない彼の歪んだ想い、願いを僕は叶えてあげることにしたんだ。この終焉の欠片で作った仮面をプレゼントすることでね」 「……終焉の欠片?」 あの欠片はどう見ても、ラストエンジェルの刀身と同じ物質のようにタナトスには見えた。 いや、それだけではない、自分はもっと以前にもあれをどこかで見たような気がする。 「終焉の欠片というのは見ての通り、砕かれたラストエンジェルの刃の欠片だよ。神剣戦争……一本の破壊剣と九本の神剣達の互いの存在を賭けての戦い……いくら九本全ての能力と自らの能力である『終』の力を持っているとはいえ、一対九ってのは辛くてね……最終的にはそこのライトヴェスタに刃を叩き折られて、力の殆ど失ってしまったんだよ」 ノワールの発言に呼応するように、ルーファスの手の中のライトヴェスタが激しい輝きを放っていた。 「で、なんとか完全破壊される前に逃走したラストエンジェルは姉……他の神剣達の目を逃れながら、魔界、悪魔界などといった六大世界だけではなく、無数に存在する小世界にまで飛び散ってしまった己の欠片達を捜し求める旅に出た……これがこの地上が生まれた直後のお話……」 「なっ……」 地上が生まれた直後? なんて気の遠くなるような話だろう。 「ん? 胡散臭い? 実感が沸かないとか? でもね、これは全て本当のお話だよ。だって、僕達が今生きてるこの地上……幻想界は九本の神剣……いや、九人の超古代神族の女神達が創造した世界なんだから」 「えっ……?」 「九神剣とは世界を構成する要素をそろぞれ司るモノ。まあ、世界だけを作るなら、天、地、光、闇の四本だけで足りるんだけどね。時、運命、死は生命を生み出すための要素。復讐と静寂は生命に感情や意志を与え、世界を停滞させないための刺激剤……ほら、世界はこの九本の神剣の力によって成り立っている」 「…………」 話が途方もなく実感がついてこない、だが、ノワールが言っていることは全て真実であるということだけは直感的に解っていた。 「で、世界の創造と維持は九本で足りるんだけどね。『神』は今の世界に飽きて、新しい世界を創りたくなったんだ。だから、世界と世界を形作っている九本の神剣を破壊するための一振りの破壊剣を創った。今ある世界を跡形もなく破壊しないと新しい世界は創れないからね」 「……それがラストエンジェル?」 「その通り、終焉剣とも終末の女神とも呼ばれる『終わり』そのものを司る女神にして神剣。九本の神剣全ての能力を合わせ持つ全能の剣」 「…………」 確かにあの神剣には全能という言葉が相応しく思える。 他の神剣とは一線を駕する……いや、他の神剣を不要にする神剣だ。 「まあ、そんなラストエンジェルでも、九人がかりの攻撃と策略の前には不覚をとった。で、欠片を集めて復活しようとしたんだけど、流石に無限の世界に散らばってしまった欠片を全て集めるのは不可能……だから、集められるだけ集めた後、欠片を育てることにしたんだ」 「……育てるだと?」 「そう、終焉の欠片は憑依した者の欲望や狂気を吸って成長する……特に純粋な破壊意志や破滅願望なんて最高の餌だね。アクセルの仮面に仕込んだ欠片は最初こんな小さな物に過ぎなかった……」 ノワールは人差し指と親指で繋がらない輪を作り、その小ささを表現して見せる。 「それが、こんな刀身の三分の一を補えるほどに成長するとはね……まったく、アクセルには感謝してもしきれないよ。お礼に彼の願いでも叶えてあげようかな?」 「……アクセルの願い?……それは駄目だっ! 許さない!」 アクセルの願いは地上に魔眼皇を召喚することだ。 存在するだけで地上の全ての人間を瘴気で滅ぼす程の力を持つという魔眼皇を。 「へぇ……許さないんだ?」 口元には微笑を浮かべたままノワールの目から笑みが消える。 「うっ……?」 「君ごとき愚民がこの僕を許さない!? 君は許してもらう方の立場だろうがっ! 誰に向かって口を聞いている、この下種がっ!」 突然態度が豹変したノワールの手から剣が九色九つの閃光と化し飛び散るように消失した。 「ちっ! どけっ、タナトスっ!」 タナトスは突然、ルーファスに激しく弾き飛ばされる。 文句を言うことも、ルーファスの真意を知る間もなかった。 弾き飛ばされていくタナトスの視界に見えたのは……。 九本の神剣に刺し貫かれ、九色の閃光の爆発と共に跡形もなく消し飛ぶルーファスの姿だった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |